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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)2426号 判決

原告 田淵喜蔵

被告 福井章吉

主文

被告は原告に対し金一〇万円及びこれに対する昭和二九年五月一五日から右支払済に至る迄五年分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は金三万円の担保を供するときは仮に執行できる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

一、原告は各新聞の下請販売業を営み、明治三七年一一月生で家族は妻エイ(四〇才)、長女徳子(二四才)、長男正徳(二三才)、次男正明(二一才)、三男公張(一六才)で原告の月収二一、〇〇〇円と長男正徳の月収一万円で右一家族を扶養しているものである。

二、昭和二九年二月一日午後四時頃原告が大阪府三島郡鳥飼村西中間郡の道路上(吹田から東に淀川に沿つて唐崎に出る巾二間程の道路、東に向つて西部落のかかりから六軒目前道路)を自転車に乗つて東に進行中折から反対方向(東)よりトラツクが同道路右側を西に進行して来たので原告は自己の自転車を道路左側の端に避け、左足を道路上におろして右足を自転車の上にのせて停車していたところ、被告の使用人大阪輝志はオートバイを運転して右トラツクの後方よりこれに追従して、その前方道路右側を進行している右トラツクと原告が停止している中間に割込んでトラツクを追越さうとして原告の足を引掛けこれがため原告の右足に傷害を加え、原告をしてその儘下の人道に転落せしめた。原告は右事故により右下腿部挫創(皮下及び筋肉腿断裂に及ぶ)をうけ爾来四十日間の創療養及その後二ヶ月間のマツサージその他物理学的後療養を要した。而して右事故発生の現場は淀川左岸(北側)にある約二間巾の道路で、その道路の左側は一段と低く人道(村人の通行路)となつている。而して右事故は右上段の車道上において発生したものであるが、その時の各車体の位置は右より順次トラツク(西進)、オートバイ(西進)、自転車(東向停止)の順であつた。而して右事故は全く右オートバイの運転者たる大阪輝志の過失に基くこと明かであつて、同人は無免許運転をしていたがためかゝる事故発生したものである。

三、右事故のために原告は(一)二ヶ月間無収入となりその間得べかりし収入計四万円を失い(二)新聞配達により遅配、違配等を生じ得意先を失つたため一万円の損害をうけ(三)医薬その他マツサージの費用として二万円を支出し同額の損害を蒙つた外(四)その間の精神的苦痛は甚だしく、これが慰藉料は金三万円を相当とするから右総計金一〇万円は原告が本件事故によつてうけた精神上並に物質上の損害ということが出来る。

四、而して被告は鞄商を営み、加害者大阪輝志はその使用人で、右事故発生当日同人は被告の営業品目である鞄の見本を入れたトランク(長さ約三尺高さ一尺巾二尺)のもの二個を積んでいたところからみても被告の業務執行に際し本件事故を発生したこと明かであり、被告はその使用主としてその選任監督を怠つたものである。殊に被告は右加害者がオートバイの運転に付無免許であるに拘らず、同人に対し相当容積と重量の商品をこれに積ましめ、運転さしたものであるから民法七一五条により責任を免れない。よつて本訴請求に及んだと陳べた。(立証省略)

被告本人は、原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告主張の日時場所においてその主張のような情況の下で訴外大阪輝志の過失によつて本件事故が発生したこと、原告が右事故のためにその主張の如き負傷をしたこと、原告の職業収入、家族、右事故により原告のうけた損害額、慰藉料の額が原告主張通りなること、当時加害者大阪輝志が無免許でオートバイを運転していたこと、同人が当時被告の店員なること、被告が鞄商なることはいずれもこれを認めるが、その余の原告主張事実は争う。ことに被告が右大阪輝志の選任監督上に過失あつたことは否認する。なお右事故当時輝志が被告の商品を運搬中であつたかどうかは不知である。被告は加害者大阪輝志が無免許にかかわらず被告所有のオートバイに乗らんとするのでその都度同人に注意と叱責を加えてこれを阻止していたものである。ところがたまたま本件事故発生当日原告が出張不在中同人は再度オートバイに乗らんとしたので被告の妻はこれを叱責してその乗用を禁じ、且つ輝志の同僚である他の店員上隅正雄も共にこれを阻止し、右輝志を飜意させたにかかわらず、同人は両名の一寸した隙に再びこれを運転外出し本件の如き事故をおこしたものである。被告としては以上のとおり少くとも輝志の監督については万全を期していたのであるから、本件事故によつて生じた原告の右損害については賠償責任はない。なお、輝志がオートバイに積んでいた物品は原告主張の如き容積ではなく、巾一尺、長さ二尺のトランク二個である。しかのみならずその後昭和二九年三月七日に輝志は被告の売上金を持逃げしたのである。その後服毒自殺未遂をしたことを知つた。被告は前記事由により法律上は原告に対して責任はないのであるが、道義上の責任を痛感し、原告を訪れ、慰問し入院費の負担を申出て、礼をつくしているのであるが原告の容れるところとならなかつたものであると陳べた。(立証省略)

理由

原告主張の日時場所において原告が被告の使用人大阪輝志の運転するオートバイに原告主張のようにはねとばされて、右足に受傷しその儘下の人道上に駆落し右下部挫創を負い創療養のため四十日、その後マツサージその他の物理的治療に二ヶ月を要したこと、右事故発生当時原告が自転車に乗つて右道路上を東に進行中反対方向よりトラツクが道路右側を西進してきたので原告は自転車を道路左側の端に避け左足を道路上におろし、右足を自転車の上にのせ停車していたところ、加害者大阪輝志はオートバイを運転して右トラツクの後方から追従して来て進行中の右トラツクと原告の停止位置との中間に割込んで来たためにおこつたものであること、大阪輝志は運転免許なくして右オートバイを運転していたこと、原告の職業家庭状況、収入並右事故によつて蒙つた原告の損害額が原告主張通りであることはいずれも当事者間に争がない。思うにオートバイを運転する者は常に前方を注視し万一危険発生のおそれあることを発見したときは或は速度をゆるめ、或は急停車し或は安全な所に待避する等適時適切な措置をとりうるよう万全の注意を払つて進行しなければならないのにかかわらず右大阪輝志はこの注意義務を怠り、(一)巾約二間のせまい道路上の一端において原告が自転車を停止せしめて反対方向より来るトラツクを待避している状況下において自己の運転するオートバイを以つて原告と右トラツクの中間におし入つてトラツクを追越さんとして自ら危険に突入したこと(二)しかも同人は無免許運転でその運転技倆が拙劣であつたことにより本件事故をひきおこしたものと認められる。従つて本件事故発生が被告の過失に基因すること明かである。

五、而して当時被告が鞄商であり右大阪輝志が被告の店員であつたことは当事者間に争なく、証人森佳一、被告本人の各供述を綜合すると右輝志は被告の取引先の集金よりの帰途本件事故をおこしたこと、当該オートバイは被告の所有であつたこと、当時該オートバイには被告の商品の見本を容れたトランク二個が積載されていたことが認めらる。果して然らば輝志は被告の業務に従事中本件事故をひきおこしたこと明かであるから被告は同人が原告に加えた損害を賠償しなければならない。

六、被告は右輝志に対し十分の監督をしていたからこれが損害を賠償する責任はないと抗弁するけれども、この点に関する証人福井鈴子(一部)の供述は措信し難く他にこれを認めるに足る証拠はない。却つて証人内田松次、同森佳一、同福井鈴子(一部)原告本人の供述を綜合すれば、被告方には運転免許をうけた者がいないのに拘らず被告は本件オートバイを所有していたこと、右輝志はまた本件事故発生前にも無免許運転のかどにより二三回警察より呼出をうけたことがあること、被告及びその妻はそのことを知つていたのに拘らず同人に該車の運転を厳禁する適切な措置をとらず、右オートバイの鍵はいつも事務所の机の抽出に入れたまゝであつたこと、を各認めることができる。果して然りとすれば被告としては却つて暗に輝志にこれが運転を黙認していたものとさえ認められるから、むしろ被告は輝志の監督上にも過失があつたと認められる。

七、よつて原告の蒙つた損害額について判断するに、その額が原告主張とおり合計金一〇万円であることは被告の認めて争わないところである。

然らば被告は原告に対し金一〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日たる昭和二九年五月一五日以降右完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払をする義務あるから本訴請求は全部これを認容し民事訴訟法第八九条第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 増田幸次郎)

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